前回のテーマでは、沢山の貴重なコメントをいただきとても感謝しています。

ブログを初めてこんなに沢山のコメントをいただいたのは初めてで,皆様の関心の高さを知りました。
沢山のコメントの中に自国の歴史も学ばなければいけないとありました。
同感です。
自分の国の都合のいい書かれ方しかしていない歴史だけを真に受けて怒っている分は何の進歩も人間できないでしょうね。
アメリカ人の夫を持ちながら,アメリカの悪口を書いてしまいましたので,今回のテーマは公平に?日本に目を向けないとと思います。
国際結婚をした身は,客観的にものごとをみなければなりませんね。
典型的なご都合主義の教育と,アメリカをののしりましたが、実は日本はその上を行くのではないでしょうか。
教科書問題がその典型でしょうか。

前にアメリカ人の夫を持つ韓国の奥さんが隣に住んでいました。
私達は毎日のように会話をする間柄でした。
ある日、彼女は私に聞きました。
「なぜ、日本は過去のことを学ぼうとしないの?なぜ,隠すの?なぜ,教科書に本当のことを載せて子供達に教えないの?」
そうなのです。日本も自国の過去を後世に伝える努力を怠っているのですよね。ご都合主義の教育でしょう。
私は彼女の言葉を,韓国の人の声を代弁するものと思いました。
今でも、そのようなことは無かったという元日本軍人がいるのも事実です。
でも実際、度胸試しに刀で人をつき殺したと証言した元軍人がいます。
その方は、自分の行いを隠すのではなく話すことによって二度とこういう過ちを日本が犯すことがないよう勇気を出されて告白されたのですね。
上官に命令され、断ることは出来ない、
それが戦争なんですね、、。
もちろん,その当時
立派な軍人も沢山いたはずです。
歴史は、色々な角度から学ばなければ偏ってしまうのですね。
コメントで皆さんも指摘されたように自国の都合のいいふうに歴史は書かれてしまうのですから。
狭義の話ですが,その日の日本国内のニュースでさえ、客観的に物事をとらえるには,日本の新聞全紙を読む必要があるといいますね。
話を戻します。
しばらくして私の夫に韓国の転勤が決まりました。
その頃は
竹島問題で新聞がにぎわっていた時なのですね。
(この問題は限られたスぺースでは誤解を生むのでここで触れませんが)
日本人の私が,韓国でどう暮らせるか実は心配だったのです。
私の両親は特に心配していました。
私は、彼女に率直に聞いてしまいました。
彼女は
「日本人のことを嫌う人はもちろんまだいるけど,若い世代は好意的になっているから大丈夫。若い世代に罪は無いでしょう。」と言ってくれました。
そして、色々とアドバイスをくれました。
「町で押されたり横入りされても怒らないでね、悪気は無いの。
韓国人の悪い習慣だから」
(このアドバイスは素晴らしかったのです。何度,怒って怒鳴りたい気持を抑えられたか、、。トイレで順番がやっと回って来てヤッホー入ろうとしたら、突き飛ばされたとこもありましたっけ、、レディーゴー状態の私の膀胱を押さえるのが大変でしたよ)
「車の運転はあらいから、運転は極力避けてタクシーや、バスを利用してね」
これも本当でした。私、2年半で、目の前で車が衝突するのを6回もみちゃいましたから、、。
え?ひどい体験だったのかって?
ところがどっこい、それを上回る楽しい日々でした。
都会では、日本人お断りというはり紙をだしたお店もありましたが、私の滞在した町ではそんなことはいっさいありませんでした。

韓国に2年半滞在したのですが
素晴らしい体験でした。
たまに,市場やお店や学校で『日本人か』
と聞かれて,どきどきしましたが正直に「そうだ」
と答えると
100%皆がもっと親切にしてくれたのです。

アンニョンハセヨと一言言うだけで,私は韓国人ではないとばれていました。
は、発音が,,違うのでしょうね、く〜!
そして中には、ただのお客の私を家に招待してくれる方もいました。

キムチを白菜一束くれた友達もいました。一束ですよ?一束!!

それはとても嬉しいことでした。
「日本人の上司がやさしかった」
「日本人と文通している」
「
日本の政府は大嫌いだけれど,日本人は好き」と言ってくれた人もいました。
沢山の日本人と韓国の人たちが,交流しているんだなと、じ〜んときましたよ。
国民同士の草の根運動は、とても盛んなようです。
貴重な滞在の中、今でも文通するお友達もできました。
市民同士が交流したら,いつか国同士も分かりあえる日がくればと思うのですが,そう甘くはないのでしょうか、、。
友達のいる国と戦争は絶対にしたくありませんから。
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